年商23億円の化粧品会社をモデルにしたケーススタディの全5回にわたる連載、今回は第5回目です。(前回は、第4回「顧客育成シナリオから見えてきた『勝ちパターン』」を参照)
成長期の通販会社の現場で、実際に起こりがちな事例を想定。売上減少に陥ったキララ商品が年商30億円も見える成長路線に戻るまでの過程を、ストーリー形式でお伝えします。
目次
メインバンクからの資金調達に、戦略的顧客セグメントが貢献
2009年10月、徳田と森崎は神楽坂に古くからある和風料理屋にいた。
大学のラグビー部が1部リーグに復帰したことで話が弾み、ひさしぶりに飲むことになったのだ。
キララ化粧品の業績は、3年前の停滞が嘘のように、順調に回復。
今年度の決算では年商30億円も見えてくる、成長路線に戻った。
「この1年間、おまえはすっかり順風満帆だな。うらやましいくらいだよ。」
話しかけた森崎に対して、徳田は答えた。
「いや、実は大変なこともあったんだよ。」
不況の影響を受け、これまで全体的に伸びていた通販業界でも、2009年に入ってからは業績を落とす企業が増加。
この動きを心配したキララ化粧品のメインバンク、京埼銀行がこれまでのようには融資に応じてくれにくくなったのだ。
幸い売上の伸びていた同社の場合、貸し出しの資金の引き上げまではされなかったが、新たな借り入れには、説得力のある事業計画の提示が必須だという。
同社はリピート施策がひと段落するのを見越して、今度は広告への投資に再び乗り出していくことを計画。
そのために資金調達が必要だったが、この難局を乗り切るうえで助けになったのが、意外にも森崎が教えてくれた顧客セグメントだったという。
事業計画をロジカルに立てられるようになった
「これまでは、『えいやー』で事業計画書を作っていた部分も、恥ずかしながらあったけど、顧客セグメントを使うと、不思議なことにすべての要素がつながっていることが実感できた。
事業計画を論理的に組み立てられることに気づいたんだ。」
売上目標が決まると、<常連客><普通客>など各セグメントに売上を割り当てる。
この売上目標を、セグメントごとに仮定した客単価で割ると、必要な顧客人数が出る。
この必要人数と現時点の顧客人数の差が、新しく補充しなければならない顧客の人数である。
新規顧客の引き上げ率や、各セグメントへどの程度の割合で推移していくかも過去の実績から計算できるので、そうすると、この年度には新規顧客を何人獲得しなければならないか?が、玉突き方式ではじき出される。
そうすれば、過去のCPOから必要な広告費がわかる。
またその広告費が、既存顧客からの売上という形でどの程度回収できるか?も逆をたどって計算すれば、説得力のある形で示すことができる。
これらをEXCEL上で数式を立てていくと、セルの数値を1つ変えるだけですべての数値が連動して変換される。
それが面白いと徳田は、いかつい体に似合わない子どものような笑みを浮かべて、少し照れながら話していた。
社内でも、データにもとづいた議論や情報共有の円滑化の効果も
顧客セグメントについて、もはや森崎の受け売りではなく自分の言葉で語る徳田の顔には、3年前の不安そうな表情は消えていた。
徳田が気持ちよさそうに話すのを森崎がさらに聞いていくと、社員の間でも、データに基づいた議論が行われるようになったため、直感的・適当な企画がなくなったという。
また、同じ数値を共有するため、違う部署でも情報共有がしやすくなった。
カタログやDMの担当部署が、少ないコストでこれまでと同じ売上を上げることができるので、その分の予算を新規広告に回すことができた。
新しいお客様からの喜びのお声もどんどん届いて、社内も活気づいてきた。
徳田自身も、事業経営に対する不安が減ったという。
事業の状況が数字によって<見える化>されることによって、次に手を打たなければいけないことが、タイムリーに診断できるようになってきたからだ。
事業の安定が、経営者にもたらしたもの
「今度、2人目の子どもが生まれるんだ。」
徳田が、照れくさそうにぼそっと話し始めた。
「経営者なんて不安定な身分だろう。会社をつぶして妻子を路頭に迷わせるわけにはいかないと、3年前に1人目をつくったときには随分勇気が必要だった。
会社が大変なときは、12時を過ぎて家に帰ると、物音で子どもが起きて泣き始めてしまい、妻に怒られたことも何度かあったよ。
この1年間は事業が安定してきて、家にも早く帰れるから、家族揃って夕食を食べる回数も増えてきた。
そういう風に家族で過ごしていると、明日も頑張ろうという気になれるんだ。」
嬉しそうに語る徳田の話を聞きながら、森崎は、激務の連続でなかなか家族との時間を作れなかった、転職してからの10年間を振り返っていた。
来月にはプロジェクトが落ち着きそうなので、妻と7歳の息子をひさしぶりに旅行にでも連れて行こうかとぼんやりと考えていた。(了)